+ 月明かり +
“今の俺に必要なものって何だろう?”
「手裏剣。この間の任務で無くした」
「クナイは?」
「家にまだある。……ああ、でも研ぎ石が必要か」
「オレ余分に持ってるけど? 今度持って来ようか」
「いい。自分で買う」
暗い深夜の帰り道。周囲には街灯もなく、ただ月明かりだけが森を横切る道を照らしていた。
見えるか見えないかの影が、サスケとカカシの足元を歩く。
「それと、火遁の巻物……資料室にあったヤツ」
思い出したように、サスケは付け足した。記載された全ての術を使いこなすのは難しいかもしれないが、知識として知っているだけでも損にはならないだろう。
いずれ役に立つ日も来る。
そう思ったのだが、
「あれと同じ物は、もう手に入らないと思うけど」
水を差すような事をカカシが言う。むっとしながらも、サスケは言った内容については了解した。
「なら、写しでいい。……そうなると今度は時間が必要、か」
「若いんだから、そんなに時間を気にする事ないのに」
「……あんたが時間を気にしなさ過ぎなだけだろ?」
さらに言い募ろうとして、サスケはやめた。この上忍には何を言っても無駄な気がした。それこそ、欲しいと思っていた時間の浪費だろう。
「ま、時間はいいとして……あとは?」
続きを促すカカシの言葉に答えようとして、サスケは頭を捻った。最近無くした物、必要に迫られた物はこれ以上ない。目下欲しいと思ったのは今挙げた火遁の巻物だ。
今必要なもの。
今、自分に必要なもの。
考えうるものとしては、あと……
「……?」
ふっ、と視界が陰って、サスケは考えるのを中断した。
思わず立ち止まる。わずかながらも星明りのともる夜空を背景に、木々の輪郭だけが浮かび上がった。それ以外は闇に沈む。
コレは……。
確認しなくても、原因に予想がついた。月が雲に隠れたのだ。
「こりゃ困ったねぇ」
すぐ隣から、気の抜けたカカシの声が聞こえた。どうやらサスケとそう変わらぬタイミングで足を止めたようだった。
「今夜は晴れじゃなかったのかよ……」
「晴れだよ? ほら、星は見えるでしょ? 今は雲がちょうど上手い具合に月を隠してるだけで」
言われる通りに見上げると、確かに月のあった中天だけを雲が覆っている。上空は風が強いらしく、雲はどんどん変形しながら流れていく。
「少し待てば……ああ、ほら」
カカシの声が終わる前に、再び月が顔を出した。
闇に沈んでいた道がぼんやりと、それでも確かに照らし出される。
それに安心してサスケは肩で息をした。
するとそこに、
「サスケ〜?」
カカシから、不意に声がかかった。何だかからかうような、ニヤついたようなそんな声。
何?
そう思ってカカシを見上げると、カカシは上機嫌そうに自分の腕を示した。
その視線を追って、
「………」
サスケは、自分がいつのまにかカカシの腕に掴まっている事に気付いた。
カカシに言われるまで気付かなかったという事は、無意識からの行動と言う事で。
「……っ!」
すぐさま恥ずかしくなって、サスケはぱっと手を離して隠すように背後に回した。そんなサスケの動作に、カカシは非難がましくぼやく。
「隠す事無いじゃない。イイんだよ? いつまでも掴まってて」
「うるせぇ。月も出たんだから、さっさと帰るぞっ!」
照れ隠しに強い調子で言って歩き出そうとすると、カカシが肩に腕を回してきた。
「うんうん、暗闇を恐れる気持ちがある内は大丈夫」
「忍びがそんなんでどうするんだよ……もう放せってば!」
カカシの腕を苦労して引き剥がす。夜空に浮かぶ満月を見ながら、サスケは歩き出した。
綺麗に円を描いた白い月は、弱いながらも確かに自分の周囲を照らしている。葉色の濃淡が、朦朧と浮かぶ影が、それを表している。
それを見ていて、ふと口をついて出た。
「……月がこんなに明るかったなんて」
忘れてた。
もう長い間考えた事もなかったから、忘れていた。
月が出ている間は当たり前のようにとらえているから、そんな事は考えない。月の隠れた闇夜には元から存在していないので、ますます考えない。
だから、忘れていた。
“今の俺に必要なものって何だろう?”
「……月明かり、か」
ある事が当たり前過ぎて忘れていたけど、今の自分には必要だろう。
「何、月明かりって」
小さく呟いたつもりだったが、隣を歩くカカシには聞こえていたらしい。
「さっきの話の続きだよ。今の俺に必要なもの」
「ふーん、月明かりねぇ」
カカシは面白くなさそうにぼやいた後、高く浮かぶ月を見上げて
「はい」
と、手を差した。
サスケはその手の意味がわからず、カカシとそれを交互に見る。
「何だよ、この手」
「月明かりだと、いつまた雲に隠れるかわからないでしょ?」
さも当たり前と言った顔で、カカシはもう一度、はいと手を差し出した。
「だからその代わりに」
「……代わりになるか、ウスラトンカチ」
フンと顔を背けると、サスケは歩き出した。カカシの手ではなく、その袖を掴んで。
それに引き摺られるように、カカシも歩き出す。その足下を、月明かりの影がついて来る。
“今の俺に必要なものって何だろう?”
最近無くしたもの。
必要に迫られたもの。
目下欲しいと思ったもの。
そして、当たり前になっていて忘れていたもの。
月明かりと、そして。
確かにそれは、今の俺には必要だ。
end
2001/02/02初出
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